京都地方裁判所 昭和26年(モ)58号 判決
申請人 藤田容 外二名
被申請人 藤田英一
一、主 文
当裁判所が昭和二五年(ヨ)第三八六号事件に付昭和二十五年十一月六日為した仮処分決定は之を取消す。
申請人等の申請を却下する。
訴訟費用は申請人等の負担とする。
此の判決は仮に執行することが出来る。
二、事 実
申請人等代理人は、主文掲記の仮処分は之を認可する。訴訟費用は被申請人の負担とするとの判決を求め、其の申立理由として、申請人藤田容は被申請人と昭和四年六月二十日婚姻しその後同人との間に申請人道子(当二十年)同恒雄(当十七年)の二人の子をもうけた。右婚姻当時夫婦仲はやゝ円満であつたが被申請人は京都市内切つての殷盛な場所で薬局の経営をして多大の收入を得、外に尚不動産として土地七十四坪、建物延四十二坪(土蔵を含む)を所有し生活に余裕がある上、近所に遊廓をひかえている為か昭和十年頃より女遊を重ね家事をかえりみなくなり申請人容の哀訴嘆願にも一向耳をかさず、為に申請人容は昭和十三年追い出されるようにして子供二人を連れて家を出、現住地に別居を営むのやむなきに至つた。而して被申請人はかねてより遊び相手の女近藤一代(当四十七年)を家に入れ、その連子浦田耕作(一代の先夫の子)と共に同居するに至つた。
申請人容は子供二人の将来を思つて離婚することも出来ず時々の仕送りと内職により辛うじて子供を養育しつゝ今日迄泣く泣くも十三年間別居を続けて来たのである。二人の子供申請人道子、同恒雄は大きくなるにつれ兵庫県の伊丹よりわざわざ京都まで出かけ恥を忍んで夕暮れの四条通りにある被申請人経営の店先にみなし子の如くたゝずんで小遺いを貰つては帰るような哀れな有様であつたが、それさえも女に見つかれば全くけんもほろゝの仕打を受け、申請人等の心中は到底筆舌に尽くせぬものがあつた。然るに被申請人は女の為に又女の連子の為に右他人の子を京都薬大に通学せしめ藤田薬局の老舗は実子の為めにでなくやがて全く赤の他人のものになろうとしている状況であるし、又その人達の為の生活の資源となつてしまつている状態である。
申請人等世帶の生活費は昭和二十五年四月分一万二千八百九十八円、同年五月分一万二千八百四十五円六十五銭、同年六月分一万二千九百十三円、同年七月分一万二千九百三十三円十銭以上四ケ月分合計五万一千五百九十円七十五銭であり、之に対し被申請人から支給された分は同年四月二日三千円、同月七日六千五百円、五月一日八千円、同月二十一日五千円、六月四日六千五百円、同月二十五日三千円、七月三日五千円合計四万一千五百円に過ぎず、それも前記の如く道子、恒雄等が妾には内緒で京都の被申請人方の店の片隅にたゝずんで哀訴の末入手したものであり差引不足一万余円はもう借りて借りて借りるところのなくなつた親戚に無理を云つて漸く融通してもらつたものである。八月よりは被申請人は何故か一銭の支給もしなくなり、剩え申請人容については最近持病の胃潰瘍が昂じて来て生活は愈々苦しく遂には申請人等一同其の日其の日を売り食いで辛うじてしのいで行くという全く窮迫した状態に陥つてしまつた。よつて申請人等はさきに京都家庭裁判所に被申請人を相手方として民法第七百五十二条、第八百七十九条にもとづき申請人容及び同道子に対しては扶助及び扶養料、申請人恒雄に対しては扶養乃至教育費の各支給を求める為本件仮処分申請と同一内容の審判の申立をしたのであるが、右審判事件の確定をまつに於ては回復すべからざる損害を生ずる虞れがあるので、本件申請に及んだ次第であるとのべ、被申請人の答弁に対し憲法第七十六条は特別裁判所はこれを設置することができないと定めて居り普通裁判所と異なる独立した家庭裁判所の設置は許されない。家事審判法の制定当初は第二条に於て家事審判所は家庭事件について審判と調停を行う権限を有する地方裁判所の支部であると規定された。従つて家庭裁判所が其の権限内に家庭事件以外少年審判事件をも包含するに至り裁判所法が地方裁判所以外に家庭裁判所を恰も独立の裁判所の如く規定したとしても其の根本の趣旨に於ては異ならず地方裁判所の支部たる性格を有し地方裁判所は包括的にその裁判権を有するものと解する外はない。扶養扶助はその性質上各人の生活維持をはかる上に於て緊急の程度最も高い身分上の継続的権利関係であり、一般取引に於ける権利関係よりは一層速かにその地位状態が規整せらるべきものである。然るに家庭裁判所が調停前置主義をとり然る後審判に付すべきものとするならば扶養権利者はが死した後に於て漸くその権利関係の規整を受ける結果となるであろう。
家事審判規則第九十五条は必要の処分を為し得ると規定しているが、扶養に関する審判の申立があつたときにのみ臨時に必要な処分が出来るのであつて調停訴訟中はかゝる審判の利用を為し得ないのみならず、その方法は極めて限定せられ権利者の一時的な満足を与うるに由ないものがある。更に家事審判法第十八条によつて即時抗告を為されたならば民事訴訟法第四百十八条によりその執行を停止せられ権利関係の保全は全く有名無実に終るものとなる。同規則は審判の過程に於て一の心裡強制の手段として利用され得るに過ぎないものであり、民事訴訟法の保全処分と何等矛盾なく両立し得るものと謂わねばならない。人事訴訟手続法第十六条が扶養の字句を削除したとしても文理上同条には其の他の処分となり婚姻費用の分担請求又は扶養扶助の請求についても同条の準用が必要であり、民事訴訟法の保全処分の規定は当本件仮処分に適用せられるものである。以上の如く京都地方裁判所は本件事件についての本案裁判所たるの性質を有しこれに基く同裁判所の民事訴訟法上の仮処分決定は毫も違法の点はなく被申請人の主張は失当であると述べた。
被申請代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として、本件仮処分は家庭裁判所の管轄に属し京都地方裁判所の権限に属さない。そもそも本件仮処分申請に係る事項は民法第七百五十二条の規定による夫婦間の協力扶助に関する処分及同第八百七十九条の規定による扶養に関する処分に該る事項である。よつて右仮処分申請事件は家事審判法第九条第一項乙類第一号及第八号に夫々該当するが故に家庭裁判所の調停又は審判に付せらるべき事件である。而して若し右の事件が家庭裁判所の調停に付せられた場合その調停不成立のときは同法第二十六条第一項の規定により審判に付せらるべき事件である。されば右の事件は裁判所法第三十一条の三第一項により家庭裁判所の権限に配属せしめられている事件である。裁判所法第二十四条は地方裁判所の裁判権につき規定しているが同条第一号に掲ぐる「第三十三条第一項第一号の請求に係る訴訟以外の訴訟の第一審」の中には其の文理上は本件仮処分申請乃至之が本案請求訴訟をも包含するかのように見得るけれども、前掲同法第三十一条の三の規定により家庭裁判所の審判権に属せしめられている事件が地方裁判所の裁判権から除外せられているものと解すべきものなることをまたぬ。本件仮処分事件の本案訴訟は家事審判法の規定からして之を提起する余地がない。審判の申立は出来るが訴の提起は出来ない。之を当事者の恣意により審判の申立を為すか、訴の提起を為すかは其の選択に委せられていると考えることは家事審判制度の趣旨を没却するもので到底肯定出来ない。他面審判事件については即時抗告が許されるだけで調停不成立によつて訴訟に移行し得る様な途は認められていない。本件申請にかゝる仮処分に該当する処分はその内夫婦間の扶助に関するものは家事審判規則第四十六条の規定により準用せられる同規則第九十五条又扶養に関するものは右第九十五条の規定により家庭裁判所がその権限に属せしめられた処分として之を行うべきものである。
されば人事訴訟手続法第十六条も家事審判法の施行と同時に改正せられている。即ち同条は婚姻事件及養子縁組事件に関する規定ではあるが、此の種事件に関する扶養についての仮処分に付従前民事訴訟法第七百五十六条乃至第七百六十三条の規定が準用せられていたのを家事審判法施行法第六条を以て改め右準用を廃止している。其の趣旨はこの他家事審判規則の定むる家庭裁判所の処分として之を行うことに統一することを意図したものであること明白である。
又家事審判法施行法第八条の規定は家事審判法施行後は同条に掲げる訴は之を提起し得ず従前の此の種訴訟は審判手続によつて処理されなければならなくなつたので経過規定として本条を設ける必要があつたのである。同法第十条も家事審判法施行後は扶養又は同居の義務に関する仮処分は従前の人事訴訟手続法の規定によつては之を為すことが出来ないので経過的に本条を設ける必要があつたのである。其の他同法中の各条文を見るに家事審判法の規定によつて審判事件と訴訟事件とが確然と区別され殊に之が手続法の混淆を許さぬものがある為設けられた規定が多い。例えば同法第二十三条乃至第二十六条の如きである、然らば前記家事審判規則第九十五条の処分を以て金銭の支払を命ずることが出来るか又之が強制執行の方法があるかという問題があるがこの点に付ては左の通り解するを相当と思料する。
(イ) 同規則第九十五条により家庭裁判所の為す処分は固より一の審判である。唯事件に対する終了時の審判でないだけである。理論上右の処分は審判以外の如何なる法的形式をもとり得ない本件に直接関係のない事項ではあるが同規則第七十四条第一項の「職務執行停止又は代行者選任の行為」を同条第二項では「前項の処分」と謂い同条第三項では「前二項の審判」といつているのは当然のことである。
(ロ) 第九十五条の処分は「審判」であるから第九十八条の規定により第四十九条が準用せられる。故に第九十五条の処分を以て金銭の支払、物の引渡、登記義務の履行その他の給付を命ずることが出来る。
(ハ) 然らば家事審判法第十五条の規定により右の様な給付を命ずる同規則第九十五条の処分即ち審判は執行力ある債務の名義と同一の効力を有する。
結局夫婦間の扶助に関する事件についても扶養に関する事件についても家事審判規則第四十六条、第九十五条、第九十八条、第四十九条等の規定により従前の民事訴訟法による仮処分と同様の所謂仮処分が出来るのであり其の執行も可能なのである。民事訴訟法第六編の裁判籍はすべて専属であり仮処分の裁判籍は同法第七百五十七条の規定により本案の管轄裁判所の専属である。
本件の場合本件仮処分事件の本案事件につき京都地方裁判所が管轄裁判所たり得ないことは前述の通りであり、此の点に於ても原決定は民事訴訟法第七百五十七条、第五百六十三条の規定に違反する。
以上の次第で原決定は裁判権なく且よるべき手続法もないのにかゝわらず裁判権あるものとの誤解にもとづき手続上の準拠法も民事訴訟法仮処分の規定の適用又は準用あるものとの誤解により違法の裁判を為したものである。要するに申請人等の本件申請は管轄裁判所を誤つた不適法なものであつて却下さるべきものであると述べた。
三、理 由
家事審判規則第四十五条、第四十六条、第九十五条、第九十八条、第四十九条によれば夫婦間の協力扶助又は父子間の扶養に関し家庭裁判所に審判の申立があつた場合家庭裁判所は扶養を受くべき者の生活又は教育について臨時に必要な処分として金銭の支払、物の引渡、登記義務の履行其の他の給付を命ずることが出来る。而して此の仮の処分命令もやはり審判であり(規則第七十四条参照)、調停委員会の発する仮処分命令とは異り家事審判法第十五条が適用せられ執行力ある債務名義と同一の効力を有すると解すべきである。これに同法施行法第十条、第二十六条の如き規定の存在及び人事訴訟手続法第十六条改正の趣旨等を併せ考えれば前記一連の条文は其の規定事項に関する限り一般仮処分手続に対する特別規定を為し、即ち少くとも家庭裁判所に扶助又は扶養に関する審判の申立があつた場合一般仮処分を以て前記仮の処分に代る命令を為し得ないと解するのを相当とする。被申請人は右仮の処分命令は即時抗告に服し同抗告の提起により執行力を停止せられると主張するが、即時抗告による執行停止の規定は執行文付与以後の強制執行手続又は之に準ずる手続には適用がないと解すべきであり、右仮の処分命令は前記の如く執行文の付与を要せず直ちに実施し得べき裁判であるから即時抗告提起の一事を以ては右執行力に何等の影響を受けないと解すべきである。
家庭裁判所に扶助又は扶養に関する裁判の申立があつた場合に於ても審判事項に属さない訴訟物に付之を被保全権利として地方裁判所に仮処分の申請をすることは何等違法ではない。例えば仮に本件申請人等が被申請人との間に扶助又は扶養料乃至教育費の負担に付特別の合意の存する事実を主張して右義務の履行を求めんとするならば本件仮処分と同一内容の仮処分を発令することも可能である。(唯夫婦間の契約は常に取消し得るのであるから地方裁判所の管轄事項としては保全の必要性を認めるのが困難であろう)此の場合一般の仮処分と審判とは相互に要件審査の資料となるに止り、其の間何等の矛盾相こくを来す虞れはないのである。
然し申請人等は本件に於て申請当初より弁論終結に至る迄一貫して民法第七百五十二条、第八百七十七条、第八百二十条等に規定せられた抽象的な謂わば生のまゝの状態に過ぎない扶養義務に対応する権利のみを被保全権利として主張しているのであり、且本件仮処分の申請に先立ち右事項に付京都家庭裁判所へ審判の申立を為し該審判事件を本件仮処分の本案なりと主張しているのであるから、前段に於てのべたところ及び民事訴訟法第七百五十六条、第五百六十三条の適用により本件仮処分に付ては当庁は管轄権を有しないとの結論に帰せざるを得ない。
申請人等は憲法第七十六条を引用して地方裁判所は家庭裁判所の管轄事項に付一般的に管轄権を有すると主張するが家庭裁判所も他の裁判所と同じく最高裁判所の下級裁判所として規定せられ其の手続は最高裁判所の規則に服しその審判は上級裁判所の判断を受け審判官の任命も最高裁判所の指命にもとづいて為されるのであつて何等同条に所謂特別裁判所でないこと謂うまでもなく、而も家事審判や少年審判事件に付ては特殊の手続により地方裁判所と別個独立の権限を行う裁判所であるから右主張は採用することが出来ない。又申請人等は審判の申立をしても当然に調停に付されることを前提として本件仮処分の必要性を強調するが審判事件に付ては調停前置主義の適用なく審判申立後家庭裁判所は何時でも家事審判規則第九十五条、第四十九条、第四十六条所定の処分を命ずることが出来るものと解すべきであるから右主張も理由がない。
以上の次第で当裁判所は本件仮処分事件に付ては当庁に管轄権なきものと認め、よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条仮執行の宣言に付同法第百九十六条を適用して主文のように判決する。
(裁判官 加藤孝之)